空き缶にだまされるな!薬害エイズ事件のウソ

2011/07/31 投稿

 本来、原子力利用の安全を確保するのが仕事の、経産省 原子力安全保安院が、原子力利用推進のために、あまりに露骨な「やらせ」を電力会社に指示していた問題で、菅総理は、その保安院を厳しく批判した。この記事を見たおおかたの人々は、菅総理の発言に賛同の意を表明しているが、こんな発言はちゃんちゃらおかしい。というのは、もともと「薬害エイズ事件のなりゆき」そのものが、菅のやらせなのである。大勢の人が知らない(気づかない)ことを良い事に、菅が過去に一番うまくいったやらせの人気を利用して、政権支持の浮揚、引いては政権の延命をねらったものであることが明白だからだ。菅総理のいう「私が厚相の時に体験した薬害エイズの構造とそっくりだ」という言葉は、今回も彼のやらせであるという点で「そっくり」なのである。くれぐれも、ペテン師の罠に嵌る事のないように切に願うものである。

 菅首相:「薬害エイズとそっくり」 保安院を激しく批判
http://mainichi.jp/select/today/news/20110801k0000m010039000c.html
(引用)
2011年7月31日 19時37分 更新:7月31日 19時51分
 「私が厚相の時に体験した薬害エイズの構造とそっくりだ」
 菅直人首相は31日、長野県茅野市で開かれた市民団体のシンポジウム「みんなのエネルギー・環境会議」に出席した。首相は経済産業省原子力安全・保安院の「やらせ質問」問題について、96年の厚相時代に真相解明に取り組んだ薬害エイズ事件と重ね合わせ、過去の原子力行政を激しく批判した。
 首相は薬害エイズ事件について「国民の安全を担当する厚生省薬務局長が、天下りしてメーカーの利益を尊重する薬務行政になっていた」と振り返った。その上で「(原発の)安全性を国民の立場でチェックしなければいけない保安院が、逆に推進する側のお手伝いを超えた形を取っている。根本的な問題だ」と述べ、保安院を経産省から分離する政府方針の意義を訴えた。
 政府のエネルギー・環境会議が29日に原発依存度を低減させていく中間整理をまとめたことについては「どういう政権ができるにしても、避けて通ることができない議論の道筋だ」と述べ、自身の退陣後の次期政権にも引き継がれるべきだとの認識を示した。【中井正裕】
(引用終)

 具体的にどうやらせであるかは、例えばこの記事(すでに削除されている)を見て欲しい。キャッシュでいつ消されるかわからないので、引用しておく。

菅直人と薬害エイズ事件のウソ - 心に青雲
http://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&cd=8&ved=0CFsQFjAH&url=http%3A%2F%2Fblog.goo.ne.jp%2Fhienkouhou%2Fe%2F30be92d0c8a41ef468676829c5932a75&ei=REE1TqCAN4XUmAXcgqHwCg&usg=AFQjCNGReZBsyosa6dceVoB03g1peL9-cg

キャッシュ
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:7E9hvnY8y_AJ:blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/30be92d0c8a41ef468676829c5932a75+薬害%E3%80%80エイズ%E3%80%80菅&cd=8&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=safari&source=www.google.co.jp
(引用)
 文芸評論家・江藤淳はかつて「菅直人は市民運動家の仮面をかぶった立身出世主義者でしかない」と喝破したそうだが、これは当たっていた。昨今のあやつの民主党代表選挙における挙動不審の数々を見せつけられるにつけ、江藤淳の慧眼に思いいたるばかり。
 本稿は、醜悪なる無能首相・菅直人について書いてみたい。
 菅直人は、このたびの民主党代表選の演説でも、自慢たらたら己が厚生大臣時代に「薬害エイズ事件」を解明する軌道に乗せたのはボクだよ、政治主導がボクちゃんはできるからなんだよ、だからボクちゃんに首相を続けさせてよ、と民衆におねだりしていた。
 菅直人は今回の代表選挙もそうらしいが、薬害エイズ事件を己が手柄として持ち出しているけれど、事実はおおいに問題がある。
 菅は薬害エイズ事件で被害者らに謝罪したことが有名になったが、あれはパフォーマンスである。菅は厚生省に特別の調査室を設け、関係者に調査を命じた。しかしその官僚に作成させた調査報告書を見ずに、突然「こんなファイルが隠されていた」としていわゆる「郡司ファイル」を提示し、謝罪した。
 実際はこの「郡司ファイル」は隠蔽されていたのではなく倉庫に保管されていたメモファイルでしかない。事実を曲げた単なるパフォーマンス、というより大衆に媚びただけ。
 菅のパフォーマンスのおかげで、事件の本質がごまかされ、また安部英氏などへの個人攻撃へ発展してしまった。それが誰かに意図されて菅直人が(偽りの)スターになるように図られたものかは分からないが、今にして思えば、仕組まれていたと考えられよう。
 安倍英氏への攻撃は後述するが、あれはデッチアゲであった。先の国会質疑(参院予算委員会)で、菅直人はみんなの党の川田龍平に質問され、「こういう形で議論でき、いろんな思いがある…」と涙ぐんで声を詰まらせる場面があったようだ。
 この二人の関係は有名だから、解説する必要はあるまいが、こういうあざといパフォーマンスを演じるのが、菅直人は得意技であるらしい。今度の代表選出馬の際の支持者による決起集会でも、涙ぐんで声を詰まらせる「臭い演技」をしてみせた。そんな演技をされたら、私なら反吐がでるけれど、間抜けな支持者どもは「菅が感極まった」と簡単に惚れ込むらしい。
 要はカンカラ缶は涙ぐんでみせれば、明日の新聞に賞賛された記事が載ると計算してひと芝居を打ったのである。まともな人間ならそんな芝居は簡単に見抜くが、新聞テレビを鵜呑みにするB層は、感動してしまうのだろう。
 Oー157の騒ぎでも、報道陣を集めて貝割れ大根をかっくらって見せる、こざかしいパフォーマンスを見せた。大衆はあんなことでコロッとだまされると高をくくっているから、何度でも似たような「臭すぎる演技」をしてしまう。
 そのカイワレだって、今はあの0-157事件当時のような売れ行きはなくなった。業者の人たちはひどい目に合わされたのだ。カンカラ缶がいきなりカイワレが犯人だと、厚生省の役人の言うがままに発表してしまった罪は消えない。あんな野菜が大腸菌のすさまじい巣になっているとは、私は当時も信じなかった。カンカラ缶は、そんな科学的常識もないバカかと呆れた。
 いいかげん東京7区の有権者は目を覚ませよ。諸君らがカンカラ缶を国会に送り込んだから、我が国は壊滅に瀕してしまったではないか。
 山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』(2009.10.26)には、こうある。
         *       *        *
<櫻井よしこと小林よしのりの「エイズ報道」は間違いだらけだった>

 櫻井よしこと小林よしのりの言論人としての原点は「薬害エイズ報道」であったが、しかし彼らの「安部英犯人説」を中心とする「薬害エイズ・バッシング報道」は、櫻井よしこがその著書『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中央公論社)を絶版にして、読者の目に届かないようにしていることからも明らかなように、医学的にも、また資料的・実証的にも、間違いだらけであり、今から考えると典型的な「犯罪報道の『犯罪』」事件であったということが出来る。
 櫻井よしこ等に、根拠もなしに「犯人」に仕立てられ、激しいバッシング報道を受け続けた挙句、「薬害エイズ事件」の主犯格として逮捕され、裁判にかけられ、その裁判の渦中で亡くなった安部英医師は、完全な「報道の被害者」であったということができる。
(中略)
 櫻井よしこは、当時、日本テレビのニュース番組「きょうの出来事」キャスターであったが、そのキャスターという役割を悪用して、「薬害エイズ事件」の主犯格の人物として、「帝京大学副学長」であった安部英医師をでっち上げ、その「安部英犯人説」のストーリーにそってテレビカメラとともに執拗に安部英医師を追い掛け回し、そこで櫻井よしこやテレビカメラから逃げようとする安部英医師を、さらにカメラに撮影し、その映像を何回も何回も、全国ネットで流しつづけた。
 おそらく日本人で、その時の櫻井よしこと安部英医師の映像を見ていない人は、ごく小数だろう。つまり大多数の日本人が、その時の、安部英医師を追跡する櫻井よしこの雄姿と、必死で逃げようとする安部英医師のミジメな姿を、一度は見ているし、また今でも記憶しているはずだということである。櫻井よしこ等の報道に便乗して、安部英医師バッシングを繰り返したのが漫画家の小林よしのりであったが、したがって、今でも、櫻井よしこや小林よしのり等が垂れ流した「安部英犯人説」を疑わない人は少なくないだろう。
 しかし、この櫻井よしこや小林よしのりによる安部英バッシング報道は、まったく根拠の怪しいデッアゲ報道だったということが、医学史的にも検証されている。
 しかるに、老医師・安部英を社会的に葬り去っただけではなく、老後の人生やその生命さえ奪い取った櫻井よしこや小林よしのり等の「薬害エイズ報道」の犯罪、つまりメディアの犯罪、あるいはジャーナリズムの犯罪を追及する人はいない。櫻井よしこや小林よしのり等は、今も、相変わらず、似たような言論活動を繰り返しつつ「わが世の春」を謳歌している。
        *       *        *
 櫻井よしこや小林よしのりの売名行為のため薬害エイズ事件を混迷させたが、その元は菅直人にあったというのだ。
 今にして思えば、そもそもなにかしらの闇の手は、菅直人を市民運動の英雄であるかに偽装したうえで、櫻井よしこや小林よしのりという保守派の論客を育てて「英雄」に仕立てたのであろう。
 副島隆彦氏などは、菅直人が鳩山内閣が危なくなったときにアメリカから次はお前が首相になれと命じられてから「ダークサイトに落ちた」のだとしている。つまりそれまでは立派に民主党のトロイカ体制を担って、改革の先頭にいた政治家だったのに、急に国民を裏切ったという論調である。
 そんなことはない。菅直人は最初からそれこそ「ダークサイト」の人間であって、江藤淳の言う通り「市民運動家の仮面をかぶった立身出世主義者」だったのである。
 世間ではB層の大衆は小沢がカネに汚いと思っているが、それでは菅直人は自称するほどクリーンなのか?
 菅直人は、きれいな政治を訴えつづけた市川房枝の「弟子」、「後継者」みたいなツラをしているが、その市川氏が菅に対してどのような感想を抱いていたのかを示す重要な資料が存在する。「復刻 私の国会報告」(1992年財団法人市川房枝記念会刊)だ。
 市川房枝氏による以下の記述があると、植草一秀氏のブログ「植草一秀氏の『知られざる真実』」に紹介されていた。
         *        *        * 

「菅氏は1976年12月5日の衆議院選挙の際、東京都第7区から無所属候補として立候補した。このときは立候補をしてから私の応援を求めて来た。そのとき推薦応援はしなかったが、50万円のカンパと秘書(市川氏の)らが手伝えるように配慮し、「自力で闘いなさい」といった。

 ところが選挙が始まると、私の名前をいたる所で使い、私の選挙の際カンパをくれた人たちの名簿を持っていたらしく、その人達にカンパや選挙運動への協力を要請強要したらしく、私が主張し、実践してきた理想選挙と大分異なっていた。」
         *        *        * 
 
 菅は代表選が始まった9月4日、代々木の「婦選会館」を訪れ、婦人運動家の故市川房枝元参院議員の記念展示室に入って、市川氏の写真に手を合わせた後、当時の自らの写真も懐かしそうに見入ったそうだ。
 そして記名帳には「政治の浄化を訴えつづけられた市川先生の思いをこれからも大切にしてゆきます」と書き、「内閣総理大臣菅直人」と署名。見学後、記者団に政治浄化の問題は「わたしにとっても原点」と、呼びつけておいた報道陣にしゃべっている。
 実にあざとい事を菅直人はやってのける。
 市川房枝氏は、生前、「菅直人だけは許せない」言っていたそうだ。さもありなん。
 市川房枝女史の霊魂があるなら(笑)、菅直人に死霊となって取り付いて、恨み殺してくれまいか。そんなことにはならないのだから、やっぱり霊魂なんかないのである。
 菅直人は小沢一郎氏に対して、根拠も示さずに「金と数の力にものを言わせる古いタイプの政治家」だと、非礼な発言をしたが、それはそのまま菅自身に返さねばならない言葉である。
 今回の代表選直前のドタバタは、本当は菅直人が醜態を演じ、再三にわたって裏切りをしたのだ。
 鳩山元首相は小沢一郎支持を宣言してロシアに旅立った。そこへストーカーのごとく執拗に電話し、泣きついて、「密談・談合」と「人事的取引」を要求したかのは菅直人のほうであったらしい。なのにマスゴミには正反対の話は摩り替わった。
 そもそも小沢一郎の立候補にビビって、鳩山由起夫氏に泣きついて「談合・密談」による政権維持を画策したのは菅。鳩山元首相とツーショットで「トロイカ体制再建」を確認し、「小沢先生」に謝罪したのも菅。にもかかわらず、一夜にして心変わりし「談合・密談はよくない」と言って、まるで小沢一郎氏が「密談・談合」と「人事的取引」を要求したかのようにすり替えたのも菅。
 だから故市川房枝が嫌ったのも当然だろう。
 ある民主党だった都議会議員が言っていた。菅直人と食事をした。その時間、半分は小沢の悪口、半分はその都議会議員をヨイショして、君は有望だ、君と仕事をしたいと言っていたそうだ。これが天下の公党を率いる代表とは。
 多数の目が覚めないアホな大衆は、菅直人が橋本政権の厚生大臣として薬害エイズ事件の究明に尽力し、それまで誰も被害者に土下座したことのなかった日本の政治家のなかで、初めて被害者に謝罪した立派な市民運動家であった、その実績があるから、 官僚を使いこなして物事を成し遂げる能力があると誤解している。
 官僚はズル賢いから、菅直人がそういう虚像を大衆にみせたがっているなら、だまってやらせておくだろう。実質の権力を握ってさえいれば、菅直人のパフォーマンスなどどうでもいいからである。
 大衆はマスゴミに捏造された小沢大悪人説に洗脳されているから、小沢は嫌、だから次の首相も菅直人で、と言うだけのことである。
 言うに事欠いて、たった3ヶ月じゃわからないから、もうちょっとやらせてみて、だと。彼の、官僚に指示されている「政策」さえ、大衆には見抜きもされていない。
 それからパフォーマンスといえば、年金未納で、自民党を「年金未納3兄弟」などと蔑視きった言い草で批判しておきながら、自分にも年金未納が発覚して、格好がつかなくなって、四国へ報道陣を引き連れて遍路に出たのも、ひどい芝居だった。なんでも後から年金は納入してあったとかだそうだが、それにしても丸坊主にして四国遍路の旅にでるとは、本当にバカ丸出しだ。
 あんなことを、マスゴミに見せるようにやって、点数を稼ごうという魂胆が醜悪である。
 小沢氏の側近と言われた平野貞夫氏は言う、「クリーンを売物にする政治家にクリーンなし」と。
(引用終)

引用されている記事は、以下のものである。

菅直人と櫻井よしこの「エイズ事件報道」は嘘だらけだった。- 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100907/1283832622

類似の情報は、例えば、以下の示すものなどがある。

薬害エイズと菅首相
http://ameblo.jp/3life/entry-10745654772.html
(抜粋引用)
バイエル社がエイズ非加熱製剤にウイルスが混入されたことを知りながら、アメリカ国内で禁止された非加熱製剤を日本、フランス、スペインに輸出した。そもそもエイズウイルスが非加熱製剤に混入しているのを知っていて、日本へ輸出したのは、アメリカの製薬会社とアメリカ政府。菅直人が、国内レベルで問題を押さえ込むことで、日本での真相追究の道は完全に断たれ、責任と賠償費用はすべて日本政府のものとなり本当の犯人が隠匿された。
そもそも、菅首相が自慢する厚生大臣時代のお手柄である、薬害エイズ訴訟での和解と謝罪はアメリカとガッチリ組んだスタンドプレイ。
(引用終)

子宮頸がんワクチン・ 薬害エイズ・菅首相を結ぶ線
http://thinker365.blog130.fc2.com/blog-entry-51.html
(抜粋引用)
あえて、ひとつこの情報に付け加えるのであれば、菅首相に期待するのはお門違いです。そもそも、菅首相が自慢する厚生大臣時代のお手柄である、薬害エイズ訴訟での和解と謝罪はスタンドプレイだからです。もっと突っ込んで言えば、アメリカとガッチリ組んだスタンドプレイです。(注:スタンドプレイ-アメリカ合衆国を語源とし、主にプロの選手が観衆を喜ばすために行った派手なプレーを意味した。現在では、選手のプレーに限られず、動作や作業の本来の目的よりもそれを観ている聴衆や民衆、上役等にアピールする事を目的とした行為全般に使用される。また、聴衆を喜ばせたり、民意を良い方向に誘導するなど敢えて行う場合もあるが、どちらかと云うと、人気取りやごまかし、繕いを目的としている場合に使用される事が多い。wikipediaより)まさに、大手柄などでは決してなく、人気取りとごまかしと繕いです。
(引用終)

菅直人は薬害エイズ問題で手柄は無かった!
http://orange-daidai-color.cocolog-nifty.com/orangeblog/2010/06/post-f8ee.html
(抜粋引用)
《菅直人の薬害エイズ手柄話しの真相!》
●菅直人元厚生大臣が行政指導したことで、隠されていた薬害エイズの根本資料が公になったと、マスコミは喧伝しています。しかし、当時、永田町での話しはまったく違っていました。実は、十数年前、新進党幹事長西岡武夫先生の少人数の宴席に招かれ、菅元厚生大臣が指導したと、報道されていた「薬害エイズの資料」公開までの経緯を聞きしました。その内容は、菅大臣が出せと行政命令して出てきたものでなく、厚生省内の薬事と福祉グループの派閥争いからポロッと出てきたとのことです。当時、厚生省の事務次官人事は、薬事が優位にあり、それが公になった大きな原因だったとのことでした。要するに、予期せずに出てきたことが真相なのです。
それが裏付けられる厚生省の不祥事が、薬事(薬害エイズ)→福祉→薬事と続いていました。それはまさに、たれ込み合戦の様相でした。
(引用終)

薬害エイズ事件の真相
http://uonome.jp/read/983
(抜粋引用)
この本を読むと私たちがデタラメなマスコミ報道に騙され続けてきたことがよく分かる。そして菅直人首相が厚生相時代に薬害エイズ問題で挙げたとされる手柄が、実は人気取りのパフォーマンスにすぎなかったことがお分かりになるだろう。
(略)
「こんなものが倉庫に隠されていました。83年当時、厚生省内に非加熱製剤が危険だという認識がありました」
 と言って原告団に謝罪した。自ら命じた調査報告書の完成も待たずにである。だが本当にファイルは隠されていたのか?
 実は厚生省の新庁舎ができたとき、職員たちは「机の上に物を置くな。日常、使わない物は(新設の)倉庫に入れろ」と指示されていた。その倉庫から見つかったファイルの中身は雑多なメモや新聞記事だった。
 メモは、課内のスタッフが議論のために書いたのを直ちに捨てるのも気が引けるので、郡司篤晃課長がファイルしておいたものだった。つまり「郡司ファイル」は隠されていたのではなく、単なる「ごみファイル」だったのである。
 その中に「非加熱製剤を使用しないよう業者に対する行政指導をする」などと、新任の技官補佐が「思いついた個人的意見」を記したメモもあったが、それが課内で議論されたことは一度もなかった。まだHIVの正体が分からなかったからだ。
「郡司ファイル公表」から1週間後の2月16日、菅厚相は患者らに国の責任を認めて謝罪した。2カ月後の4月、安部氏は衆参両院に参考人招致され、7月に衆院で証人喚問を受け、8月に東京地検に逮捕された。
 人気取りの政治家と、ことの本質を理解しようとしないマスコミによりエイズ問題の本質は、悲劇から事件へとねじ曲げられたのだ。それが裁判で疑問の余地なく明らかになった。
 にもかかわらず菅首相はいまだに薬害エイズ問題での功績を誇らしげに語り、マスコミもそれに同調している。いったいこの国はどうなるのだろう。
(引用終)

「すっから菅総理」スタンドプレーの原型は「薬害エイズ」と「カイワレ大根」
http://ilovetoritani.seesaa.net/article/211695417.html
(抜粋引用)
大臣が代わっても、資料捜索は続いていた。2月に入り、とうとう官僚の一人が“郡司ファイル”を見つけた。背表紙にボールペンの手書きで「エイズ」と記されていたのを、当時のニュース映像で見た人も多いかもしれない。発見場所は、薬務局から遠く離れた保健医療局の地下の倉庫の資料棚の裏。古い木造の建物から現在の合同庁舎5号館に引っ越しする際に、棚の裏に置き忘れられていたらしい。
このファイルは薬害事件発生当時の生物製剤課長・郡司篤晃氏が私的にまとめていたメモで、ファイルにはナンバリングもなく、公文書でないことは明らかだった。発見当時の多田宏事務次官と山口剛彦官房長(2008年、元厚生事務次官宅連続襲撃事件で死亡)は、資料の分析の必要性があるとみて、官房会議にかけようと、新しく就任した菅大臣に報告に行った。 しかし、菅大臣は資料を取り上げ、内容を分析することもなく、記者会見で「官僚がずっと隠していたものが、私が就任したから見つかった」とファイルを公表した。もし、ずっと隠したいのなら、菅大臣に報告をする必要はない。菅大臣が官僚を裏切り、スタンドプレーに走ったのは明白だ。
(引用終)

菅直人のパフォーマンス=脱原発と薬害エイズ、所変われど人変わらず
http://blogs.yahoo.co.jp/xoxdunubxox/20707138.html

「薬害エイズとB型肝炎」 菅直人の関与は偶然か
http://ameblo.jp/ochanoma-wide/entry-10938868646.html

《菅直人の薬害エイズ手柄話しの真相!》
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-34.html

菅直人と薬害エイズ事件
http://blogs.yahoo.co.jp/xhhhn264/4476986.html

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